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2013年3月12日 (火)

【日記】東日本大震災と九州豪雨

つい数日前の事。

ちょうど正午頃に外からなにやら人の話し声が。。


よく聴いてみると私の母と見知らぬ男性の声のよう。

お客さんかセールスの人かなー、としばらく聴いていたけれど

なんだか一向に解決しそうになく、お互いの会話もかみ合っていない。

終いには『一体どうしたいんですか?!』と母が言われているようだったので

これはちょっとまずそうだな、助け舟を出すべく外に出みると、

そこには作業服に名札を付けた中年の「市役所」の方だった。


一体なんだろう、と事情を聞くため、

分け分からず混乱している母を横に私が低姿勢で訪ねてみると、

どうも祖母の「後期高齢者保健の減免」の書類の件だった。

皆がみんな適用されるわけではない。九州豪雨の被害者に適用されるものだった。


ちなみに母も祖母本人もその書類の存在は知らない、のでなく

その書類の存在をとうの昔に忘れてしまっていたのです。
(サインはきっちり本人のものだったので)

恐らく被害にあって数日後に市役所へ行き、適用されるであろう支援を受けるべく

書類手続きをした際に一緒に申請したもののようでした。


もともと(私も含め)物忘れの激しい家族でもあるので

そんな恐れもあり、九州豪雨関係の書類は私が管理していたつもりだったのですが、

私が不在の時にどうも家族が手続きしてくれていたらしいのです。


しかし生活の拠点がない、片付けでバタバタしていた状態が数日・数週間と続いて

心身と共に疲れきっていた家族はすっかり記憶に残っておらず。。。


3月の年度末という関係もあり、調整を行うべく市役所の方が

説明のためわざわざ自宅へお越し下さったのです。


ということで、気の毒でなんだか申し訳ない思いになりつつ

我が家で一番若い私がその手続きの続きを・・


必要書類は、

「家財全てに対して25%の損害を受けたと証明できる申請書類」と

「他保健機関から下りた支援金の証明書」である。

人によるかもしれないが、こりゃ(うちの家族じゃ、そしてあの状況の中じゃ)わからんばい・・。


市役所員さんの話では、『この件について何度も書類を送付し、

電話も入れたが何も返答がなかった。

この書類については期限が切れてしまっているのだが、

補助を受けたいのであれば、この2つの書類を準備し、再度審議にかける。

それで適用されれば、保険料の50%を免除できますが、どうされますか?』

と丁寧に説明して下さった。


しかしそれには母も対抗。以前にその件で電話をもらっていて、

祖母と一緒に何度か市役所へ出向いたのだが、

どこか違う課にたらい回しにされ続けて結局解決できなかった、との事。

母も腑に落ちないままであった。

足腰の悪い祖母もヘトヘト・・。


あ〜・・、なんかそんな日もあったね。

なるほど、そこで話がかみ合ってないのね。


これらは全て「祖母宛に届いた」書類と電話なのでとりあえず本人に確認。

祖母は認知症はないが健忘症がちょっとある感じです。
(正常な老化なんですけどね)


私の予想通り『そんな書類あったかね?いや、、あったかもしれんばってん、

どこさ置いたかもうわからんばい・・』という返事。


ですよね。おばあちゃんにとっても辛い時だったからね。。

ということで、書類が揃えば受けられる支援ではあったのですが、

復興中に大病や大怪我することもなく(熱中症にはなりましたが)、

定期通院分だけで過ごす事ができていたので、

本人の了解を得、申請の取り消しにすることに致しました。


無数の書類探しと手続きの手間暇、かかる時間などから考えた結果です。

(どこから受け取ったんだろう、という謎の支援関係の書類が結構あるんです)

私を介して母も納得、というよりも、やっと解決して安堵した様子。


わざわざご足労頂いた市役所の方、ありがとうございました。

聞いた所によると、ウチ以外にもそういった世帯がたくさんあるようですね。

説明のために今月だけでも数件回ったとのこと。

特に家族がいない独居高齢者の方には、こういった手続きと

制度の理解は難しいものがありますね。

職員の方も、市民と行政を繋ぐ重要なパイプを担って下さっているわけなので

今回の災害できっと大変な思いをされたに違いありません。


ただ一つだけ。。

様々な状況に合わせた説明もあった方がよかったかのではないか、とも思います。

終盤は丁寧にご説明頂きましたが、

最初母に対して発した『一体どうしたいんですか?!』という言葉が

残念ながら私の耳に残ってしまいました。

こちらも望んでいた出来事ではなかったからですね。

「こういう手順を踏めばこうなりますがどうしますか?」みたいな

方法と選択肢を与えて頂けると、家族も混乱せず対応できたのかなーと。。

もちろん、受け手側の理解が早いに越したことはないですがね・・

申請したの時の状況と説明を私は見ていないので何とも言えません。

家族間も連携が必要ですね。以後注意していきたいと思います。


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東日本大震災での被害と比べ、我が家の被害は床上浸水という

軽い被害。(実際それでも復興作業は大変でしたけどね・・^^;)

なのにこのように制度の理解と手続きだけで混乱することがありました。


こういった状況を踏まえ現地の方々のことを思うと、、、

きっともっとすごい状況なのだろうと。

引き続き、現地に円滑な復興サポートができる環境があることを心から望みます。


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3/10(日)には東日本チャリティーコンサートに出演させて頂きました。

コンサートでは日本の曲を生徒のFさんと二重奏でお届けしました。

この日のためにみっちりリハ―サルして練習した曲ばかりです。

お客様もたくさんの方にお集り頂き、ご清聴くださいました。


演奏が終わって募金箱を恐る恐る覗いたら、、

たくさんの募金が入っていました。

それを見た瞬間とっても嬉しい気持ちになりました。

ああ、、あの惨事が忘れられていないんだな、という安堵の気持ち。。


募金は東日本遺児支援に届けられます。

今回は同時に九州豪雨の募金箱も設けられ、たくさんの方にご協力頂きました。

皆様、本当にありがとうございます。

そして主催の上田先生、この度はお声かけ頂きましてありがとうございました。

私の生徒さんが数名聴きに来て下さっていたのも嬉しかったです。


私にできる事は本当に限られていますが、、、

復興への想いはこれからも持ち続けて生きます。

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コメント

久しぶりにコメントします
PM2.5という恐ろしい微粒子が飛来していて、私もついに
マスクを着用するようになりました
もっとも、ずいぶん以前から来ていたはずで、すでに肺の奥に
達してると思います。だからマスクは気休めですね。

さて、保険料減免の手続きの件ですが、我が家も同じ手続きを行い
実際に減免はされました。が、後に被害額やら、受け取った保険金額を
知らせろ、とか通知が来て…
出来ないことはなかったのですが、何せ面倒な作業でして…また、保険金額のような個人情報を公的機関に知らせるのも嫌だったので(嘘を書いてもわからないとは思いますが)、減免は中止になりました。
半壊以上の被害家屋には、無条件で適用すればいいのに,なんだか、
後味の悪い手続きになりましたね。

たらいまわしになったというのは、残念でした。初めてのことで役所も
右往左往していたのでは、と思ってみてください。

スコタえもんさん

コメントありがとうございます。
私もマスク着用していたにも関わらず、
数日前からPM2.5にやられてしまい
軽い気管支炎のようになってしまいましたが
やっとなんとか体調を取り戻しました。

申請の件、市役所の方も本当に大変だったと思います。
折角の制度もちょっとわかりにくかったり滞ってしまったりすると、
我が家のように支援を受けない選択をする世帯も
増えてしまうかもしれませんね。

震災の被害にあわれた方々がそういった環境でないことを
とにかく願ってやみません。

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